backindexnext

十二の月を



モノクロの春


< 卯月 >

クラス発表の人だかりができている東館の一階。前にいる奴らの隙間から、模造紙に目を走らせる。
「何だよ、またお前と一緒かよ」
不意に後ろから聞き慣れた声がして、勢いよく肩を組まれた。
「げ、マジかよ。何組だ?」
「三組。教室が二階なのはラクでいいんだけど、お前と三年間一緒ってのがなあ」
言いたい放題の友人に、それはこっちの台詞だと反論しながら、慌てて三組の名前を確認した。

良かった、いない。
彼女の名前が同じクラスにないことを確認し、そっと安堵の溜息を漏らす。
不意に、春の風が頬を掠めた。
その暖かささえも、今の自分には不快でしかなかった。





< 皐月 >

朝起きて、朝練に行き、授業を受け、夕練に出て、帰宅して受験勉強をする。
余計なことを考える時間を作らないよう毎日同じことを、繰り返し、繰り返し。
そうして、校庭の木々が葉を広げていることにふと気づく。
そういえば、今年は桜の花が咲いたのを見た記憶がない。

時間は確実に刻まれているのに、一切の感情は二年の三学期に閉じ込められたままだった。
音楽や本の趣味が合って、話しやすかった彼女。
クラスメイトから友人になり、いつしか彼氏になりたいと望むようになった。
伝えたい。でも振られてこの関係を失いたくない。
勇気を出すことを先延ばしにして、安全な関係にもう少し居座ろうと決めた矢先、彼女が告白した。
俺ではなく、隣のクラスの奴に。

毎日の生活に色はなく、ただひたすら同じことを繰り返す。
余計なことを考える時間を作らないように。
余計な感情を呼び起こさないように。

友人のひとりが冗談を言い、皆が笑う。俺も笑う。
この数ヶ月で、作り笑いだけが上手くなった。





< 水無月 >

その水色のシャーペンの持ち主には心当たりがあった。
二年の時の委員会で、別のクラスだったあの子がいつも使っていた。中学時代に自分も使っていていつの間にか妹に取られてしまったものと同じだったから、妙に印象に残っている。
だから視聴覚室にぽつんと忘れられているのを見つけた時、教室へ持ち帰って迷わずあの子に声をかけた。

落ち着いていた委員会の時の印象と異なり、あの子は何故かひとりであたふたしていた。去年委員会が一緒だったことを告げるとひどく驚いていて、あの子は俺のことを覚えていなかったのかと少し傷つく。
困ったような顔に、驚いた顔に、嬉しそうな顔に。
あまりにもくるくると表情が変わるから、何だか面白くてついからかったりして。
三日間降り続いた雨もじめじめとした湿度も、ずっと憂鬱だった気持ちに拍車をかけていたのに、自然に笑えた自分に少し驚いた。
梅雨が明けて、そのシャーペンの色のような青空が広がって、そうすればこの沈んだ気持ちも晴れてゆくかも知れないと。
何の根拠もないのに、俺は何となくそう思った。



2009/08/09

backindexnext