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十二の月を



駆け抜ける夏


< 文月 >

終った。清々しいくらいにあっさりと終った。
引退の日を少しでも先延ばしにしたかったけれど、よりによって一回戦で優勝候補に当たるクジ運の悪さを呪いたい。
いや、僅差で負ければ悔いも残るけど、ここまでこてんぱんにやられれば悔いもないか。
タオルを取り出し、体中から吹き出る汗を拭う。
(汗臭い……)
そう呟いた瞬間、喉の奥から嗚咽が漏れた。

悔いのない負けなんかあるもんか。
空を見上げると、憎らしいくらい青かった。





< 葉月 >

「何でこのくそ暑い中、毎日毎日登校しなきゃなんないのよ」
「そりゃあ、うちらが花の受験生だからでしょう」
「てゆうか、何でうちの学校は坂の上にあるのよ」
「三年間通っておいて、今更何を言ってるの」
「もう、蝉うるさすぎだし」
「とうとう蝉に八つ当たりですか」
「うるさーい。もう夏期講習やだ、どっか遊びに行きたい!!」
「去年だって一昨年だって、毎日部活で殆ど遊んでないじゃん」
「部活は好きでやってたからいいの」
「うわ、その口が言うか。去年も毎日ぶーぶー言いながら登校してたじゃん」
「むーかーつーくー!!」
「まあまあ、終わったらかき氷食べて帰ろうよ」
「お、いいねえ!」

坂道を上るわたしたちの背中を容赦なく夏の日差しが照りつけて、半袖の制服から伸びる腕をじりじりと焦がす。
蝉は狂ったように大音量で鳴き続け、汗は体中から流れて不快指数がどこまでも上昇する。
挙句の果てに、そんな道の先にあるのは夏期講習だったりするのだから本当はうんざりなんだけど。
それでも学校に行けば、あの人の姿を見られるから。

「ちょっと、あんた何笑ってるのよ」
「いや、今日も暑いなあと思って」
「気持ち悪いなあ。暑さでイカレちゃったんじゃない」
うるさいなあと友の背をはたき、校門をくぐっていつもの教室に向かう。
渡り廊下の脇の花壇には、大輪の向日葵が真夏の太陽に向かって咲いていた。





< 長月 >

ついこの間まで空を占領していた積乱雲は消え去り、気づけば鱗雲が現れている。空の色も、何層も塗り重ねたような濃い青から、果てが透けて見えそうな澄んだ青へと知らぬ間に変化していた。
(高いなあ……)
ふと立ち止まり、思わず天を仰ぐ。

「夏も終わりだな」
不意に背後からかけられた声に、びくりとする。
「そんなびっくりするなよ。なんか俺、変質者みたいじゃん」
「ごめん、だって気配がなかったんだもん」
「俺は気を消す術とか持ってないぞ。そっちがいつも気をどこかへ飛ばしているんだろ」
「む、失礼な。それってわたしがいつもぼーっとしてるってことだよね」
「別にそうとは言ってません」
すました顔でしれっと言って、わたしの手からダンボールを奪い取る。
「あ、いいよ。そこまでだから自分で持って行くし」
「いいって、午後から当番だろ? 先に飯食って来いよ」
先々週の日曜日は高校最後の体育祭。今日は高校最後の文化祭。
最後だから盛り上がろうと言う人たちと、受験勉強があるから準備に時間をとられたくないと言う人たちと。すったもんだがありながら、結局は結構みんな楽しんでいる。

「空、高いなあ」
さっきわたしが心の中で思ったことを、彼が呟く。そんな些細なことで、心臓がとくりと鳴る。
わたしも同じこと思っていたんだ、そう言おうと思ったけれど。微妙に間が空いてしまい、タイミングを逃してしまった。
「ごめん。じゃあそれ、お願いするね」
「おう、ゆっくり食って来いよ」
早足で賑やかな校舎の中へと戻る。
少しずつ残す行事が減ってゆき、今日もまたひとつ終る。夏が終る。



2008/01/21

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